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人工冬眠を実現する不思議な脳のカラクリ


冬眠は、人間にはなく、一部の哺乳類にみられる謎の多いメカニズムです。しかし、この能力を人間に呼び覚ますことにより、医療や宇宙環境で活用できるのではないかと注目されています。




*Category:テクノロジー Technology|*Source:Bloomberg Quicktake ,WPI-IIIS(筑波大学) ,WPI-IIIS(筑波大学)

解明されつつある「冬眠」の仕組みとその可能性


冬眠は、代謝が極限まで低下した状態、つまり仮死状態です。この生態は一部のコウモリやクマ、げっ歯類や霊長類にみられますが、もともとは多くの哺乳類が持っていた能力だと考えられています。

地球の支配者が恐竜から哺乳類に変わったあと、多くの種はこの能力を失ってしまいました。しかし、人間のこの能力を回復させることは、多くの可能性を秘めています。

2013年、ボローニャ大学のマッテオ・チェッリ教授は、自然にこの状態になることのないラットに、「人工冬眠」と呼べるものを初めて誘発させました。

同教授が目をつけたのが、脳の非常に古い部位にある「淡蒼球」というニューロンの小さなグループをブロックです。淡蒼球は、心拍数、体温、呼吸、息遣いなど、私たちの身体機能の多くを制御しています。つまり、寒さから身を守るために使われる領域です。

この淡蒼球を薬物で抑制すると、ラットは体温低下を起こし、冬眠のような状態にすることができます。そして、ラットを冬眠状態から戻すと、何事もなかったかのように動き出すのです。


現在では、冬眠状態を人工的に作り出す方法はさらに増えており、多くのチームがこの状態における身体の適応について研究しています。2020年の筑波大学の研究では、マウスを冬眠に似た状態に誘導できる新しい神経回路も発見されました。

人間の人工冬眠の実現は、解明待ちの病気や臓器の提供待ちの患者の延命措置など、様々な可能性を秘めています。さらに期待されているのが、がん治療での活用です。

以前の研究では、冬眠中の生物の放射線抵抗が増加することが分かっており、一説には修復がよりスムーズに行われるのではないかと言われています。この抵抗力の増加は、がん患者の放射線治療に活用できる可能性もあるのです。

さらに、もう1つの可能性が、宇宙飛行での応用です。宇宙空間では、人体に有害な放射線が飛び交っています。人工冬眠はこの放射線によるダメージを抑えられる可能性がある上、火星などへの長期航海での骨や筋力の低下も防ぐことができるのではないかと注目されています。

しかし、倫理的な問題も数多くあります。例えば、誰に起こす権利があるのか、誰が冬眠状態の人間の責任を持つのか、といった問題です。民間企業の投資も期待されるこの分野ですが、法律や倫理的な観点からも、一般化されるのは少し先となりそうです。